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「「軍事研究」の戦後史」 今、タブーを廃し、議論が必要だ [読書 : 読んだ本の紹介]

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★あらすじ

第二次大戦前と戦時中、各国は原爆開発に科学者達も協力していた。レベルは別にして、日本でも原爆研究は行われていた。また、731部隊による生物兵器研究でも、多くの医学者が関わっていた。

戦後の日本では、GHQによる民主化が学術界でも進み、新たに日本学術会議が設けられた。戦前の轍を踏まないため、日本学術会議の第六回総会において「戦争を目的とする科学研究には絶対に従わない」旨の決意表明を採択している。軍事研究の戦後史はここから始まる。

しかし、冷戦が進む中、この決意表明に対して色々な“意見”が出てくる。そもそも、軍事研究と非軍事研究の境目は明確なものではない。そんな中、米空軍から資金をもらって研究をしている大学の研究所がマスコミの非難を浴びることとなった。それは「雪の結晶を人工的に作る」という研究だった。直接、兵器研究をする訳ではない「基礎研究」ならば、それは軍事研究ではない、との考えだったのだ。そのような議論の中で、
 研究資金の出所が軍または軍関係組織か否か
がここで一つの判断基準として出てくる。

ベトナム戦争の時代、事態はさらに混迷を深める。日本物理学会は臨時総会の場で「内外を問わず、軍隊からの援助・一切の協力関係を持たない」旨の決議が提案された。それに対しては賛成・反対の声が上がったのはもちろん、「どちらの答えを出しても政治的声明と解釈される。科学者は政治に関わるべきではない」との意見も出た。結局、提案は採択されたが、その後もこの提案の解釈・運用は議論され続けた。
例えば、軍または軍関係団体が資金提供しても、直接軍事目的ではない“基礎研究”ならば問題はないのではないか。また、研究成果がきちんと公表できることが保証されて、軍部が独占・秘匿することがなければいいのではないかという議論などだ。

時代は進み、冷戦が終結したあとになると、民生用技術の進歩がめざましいものとなってくる。ここで軍関係者は、軍事研究も自前の研究・開発だけではスピードでも、コスト面でも問題があると考える。そして、軍部が研究・開発を民間に委託するだけではなく、民間の技術をベースに軍事利用できないか考えるようになっていった。
 デュアルユース (Dual Use)
と呼ばれるもの。これまでは、研究を始める時に「軍事か、平和利用か」を決めていたのだが、平和利用のためにしていた研究が、あとから「軍事でも使える」と言われてしまうようになったのだ。

今、改めて軍事研究の是非を問う時期に来ている。

★基本データ&目次

作者杉山滋郎
発行元ミネルヴァ書房
発行年2017
ISBN978-4-623-07862-2

  • はじめに
  • 第1章 「軍事研究」前史――ダイナマイトから七三一部隊まで
  • 第2章 冷戦がすすむなかで――大学が聖域になったとき
  • 第3章 ベトナム戦争の時代――「平和の目的に限り」の定着
  • 第4章 新冷戦の時代――「平和の目的に限り」の裏で
  • 第5章 冷戦終結後――進みゆく「デュアルユース」
  • 第6章 軍事研究の是非を問う――何をどこまで認めるか
  • おわりに
  • 年表
  • 人名・事項索引

★ 感想

「軍事研究の是非」を議論するって、なんとなくタブー視されてきた気がする。その理由だが、一つには、グレーな領域が多くて、事を荒立てるのは良くないと思われていたのではと推測する。また、本書でも語られるように“デュアルユース”やらなんやらのために、自分の携わっている研究が軍事に関係しているか否か判断が難しいため、議論に参加しにくいという理由もあるのかなと思われる。

そもそも、軍事研究は絶対的な“悪”なのか。そんな問いも本書で語られている。もちろん、無差別に大量虐殺するための兵器(例えば原子爆弾)の開発はNGだろう。でも、“大量”じゃなければいいのか(一人を暗殺するための薬品開発など)、というものでもない。
また、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」と言われても、ミサイルが飛んできたら頬の痛みだけでは済まないだろう。殴られないようにしたい(防衛力を持ちたい)と思うし、そのためには軍事研究も必要になるだろう。人を信じたいところだが、特に集団になると理性的な判断とは思えないことをするのも人だ、というのは歴史が示している。

ポピュリズムや宗教対立、難民問題(昔でいれば、民族大移動に等しい)など、世界は不安定な状況にある。我々も、島国にかこつけて対岸の火事として傍観している訳にはいかない状況だ。本書は、そんな議論をするための“基礎知識”としての、これまでの流れを旨くまとめてくれている。今、読むべき一冊であり、自分の意見を考えてみる・まとめてみるのによい参考書となるだろう。
おすすめです。


清廉潔白であり、何かの役に立つか否かではなく、科学者は人類の知的好奇心を純粋に満たすためにのみ、その能力を発揮していってもらいたい、とは思う。何の役に立つのか?と言うことを科学の目的と考えるから、その「何」が平和利用なのか、軍事目的なのかと悩まねばならなくなる。全くの理想論ではあるが、個人的には、科学は知的好奇心のみで為されるものであって欲しいなと思うのでした。

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「宣教師ザビエルと被差別民」 宣教の歴史から見えてくる日本中世・近世の被差別民の姿 [読書 : 読んだ本の紹介]

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★あらすじ

イエズス会を立ち上げたフランシスコ・デ・ザビエルとイグナティウス・デ・ロヨラは共に(スペインの)バスク地方の出身。バスク地方は、古くはローマ人・西ゴート族、フランク王国、そしてイスラム勢力からの侵攻を受け続け、それでも独立を保ち、ナバラ王国を築き上げた。だが、スペインに併合されてしまう。ザビエルの兄たちは、ナバラ王国再興のためにスペインと戦い、一時期、国を追われてしまう。
キリスト教世界も宗教改革の激動の時代となっていた。しかし、ザビエル達はカトリックに留まりながら、この時代をいかに生きるべきかを求め、イエズス会を結成したのだ。布教活動と社会奉仕活動とが一体となった活動方針がその特徴だ。かくして彼らは、神の福音を広めるため、「地の果て」まで進んで行ったのだ。

インドのゴアや、マラッカなどに布教のためにやって来たザビエル。そこで、アンジローという日本人と出会う。アンジローは鹿児島生まれ。殺人事件を起こしてしまい、ポルトガル船に乗り込んで国外逃亡を図る。船長に気に入られた彼はポルトガル語もしゃべれるようになっていく。そんな時、ザビエルと出会った。片言のポルトガル語での会話だったが、日本の事情をアンジローからザビエルは得ることが出来た。そして、日本に渡って布教をすることを決意した。

ザビエルは、島津氏の治める鹿児島に上陸する。南蛮貿易での利益を期待した領主によって布教を認められ、ザビエルらは百人余りをキリスト教に転向させることが出来た。そこでも、ザビエルと共に日本に戻ったアンジローの功績は大きかったようだ。
そして、各地に布教拠点ができると、そこで重病人や「癩者」らの救済を始める。当時の日本で「癩者」は、穢れの概念による触穢思想から不浄視され、地域共同体からも排除されていたのだ。かつてイエスは、進んで貧しい窮民や罪人の家を訪れ、法で禁じられていた重病人や「癩者」の居住区に出入りして彼らの心身を癒やすことに努めた。ザビエルら宣教師達も同様の使命を感じていたのだろう。
かくして、老弱者・孤児・病人、漂白の遊芸民や賎民層からの入信者が少なくなかったのだった。

★基本データ&目次

作者沖浦和光
発行元筑摩書房(筑摩選書)
発行年2016
ISBN9784480016478

  • 第1章 “宗教改革”と“大航海時代”の申し子・ザビエル
  • 第2章 ザビエルを日本へと導いた出会い
  • 第3章 ゴアを訪れて
  • 第4章 ザビエルが訪れた香料列島
  • 第5章 戦国時代の世情と仏教
  • 第6章 ザビエルの上陸とキリスト教の広がり
  • 第7章 戦国期キリシタンの渡来と「救癩」運動
  • 第8章 オランダの台頭
  • 第9章 賎民制の推移
  • 第10章 「宗門人別改」制と「キリシタン類族改」制



★ 感想

映画「沈黙 Silence」(「沈黙 Silence」 原作をとても丁寧に映像化している。そして窪塚洋介は、日本のユダを見事に演じていた)を観たこともあって、ぴったりのタイミングで出たこの本。積ん読書庫に入れることなく、買ってすぐに読んだのでありました。

宣教師というと、自分のところの(国の・宗教の)価値観を他国に押しつけ、文化破壊をすると共に、植民地へと変えていく尖兵、というイメージが私にはありました。そのやり方は、文化的テロリストと呼んでも良いんじゃないかと思ってます。ザビエル自身も、異端者排斥は厳しく行ったようです。
とは言え、そんなことを差し引いても、貧民救済活動は確かに偉大な行為だったのでしょう。信者獲得のためとは言え、重病人の救済活動は楽ではなかったでしょうし、無理解から危険な目に遭うこともあったはず。宗教の持つ、社会へのプラスの面は否めません。もちろん、私は神も仏も信じていない(いらない)ですが。

ザビエルら宣教師達の活動を通し、当時の(いや、今も続く)社会問題(被差別民)を追っていくというアプローチが興味深かった。なぜ、彼らは差別されるようになったのかや、日本の宗教家達はこの問題に対してどのようなことをしたのか(もしくは、しなかったのか)が本書では語られていて、非常に面白かった。為政者達の歴史ばかりが語られるのが普通だが、このような形で民衆の、いやその民衆の枠からもはみ出す存在だった人たちの歴史を知ることができるのは意味深い。断片的ながら、ザビエル達の書簡や日記などから「アンジロー」なる人がいたんだということが知れたのだから。

映画『沈黙‐サイレンス‐』を観たり、原作「沈黙」を読んだりしたあとにこれを読むと、迫害を受けながらも信仰を捨てなかった彼らの理由(の一端)が分かるかも。おすすめの一冊です。
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「進化の教科書 第1巻 進化の歴史」 : これは分かり易い。種の概念自体が問題なのが分かった [読書 : 読んだ本の紹介]

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★あらすじ

地質学者は放射性同位体を使って岩石の作られた年代を測定することが出来るようになった。グリーンランドから見つかった岩石には37億年前の炭素が含まれていた。これを最古の生物の痕跡と唱える学者もいる(異論あり)。真正細菌の鉱物化作用によって形成される層状構造物を「ストロマイト」と呼ぶが、34.5億年前のストロマイトを発見したという報告もある。

現生種のDNA解析によって生物全体の系統樹を作る試みも為されている。それによると、生物は真正細菌、古細菌、真核生物の3つのドメインに分けることが出来る。
進化における大きな節目は多細胞生物の出現にある。単細胞の真正細菌とは全く異なり、巨大化していくことができた。だが、系統樹によると多細胞化は一回だけの出来事ではなく、何十回も起きたと考えられる。例えば、真正細菌は通常は単細胞だが、バイオフィルム(ゼラチン状のシート)によって複数の細胞が集まってた細胞生物のような構造を撮ることができる。そのような状態から多細胞化へと進む道があったと考えられる。

ところで、進化とは生物の“種”が変化して新たな“種”になっていくことと考えられるが、そもそも“種”とは何かを正しく定義するのは難しい。これまでに二十五の異なった定義が提唱されているそうだ。
鳥類学者エルンスト・マイアによる生物学的種概念は「実際に、または潜在的に交配可能な個体群で、他の同じようなグループから生殖的に隔離されている」ものとした。だが、この定義は性のあるものにしか適用できない。
また、系統学的種概念では、種は系統樹の“末端”として認識される。このような定義もある。
現在、一つの概念で種を定義することはできない、というのが多くの生物学者による共通認識となっている。

★基本データ&目次

作者Carl Zimmer, Douglas J. Emlen
発行元講談社(ブルーバックス)
発行年2016
ISBN9784062579902
訳者更科功, 石川牧子, 国友良樹

  • 第1章 岩石の語ること
  • 第2章 種の起源
  • 第3章 大進化
  • 第4章 人類の進化

★ 感想

ブルーバックスでは「「アメリカ版 大学生物学の教科書  第1巻 細胞生物学」」に続いて、今度は進化学の教科書が登場。このシリーズ、良いですね。教科書なんでしょうけど、読み物としてとても面白く、興味深く、読むことが出来ます。もちろん教科書なので、系統的に、そして網羅的に記述がされていて、この分野を概観するのにピッタリ。

特に興味深かったのは「種の概念」の議論。エルンスト・マイアによる生物学的種の定義が単体で分裂するような生物(例えば真正細菌)には適用できない、と言うことは知っていた。だが、結局は統合的・統一的定義は存在しないのだという結論には驚いた。こんな結論を堂々と書いちゃうところが、教科書ってこういうものという思い込みを打ち砕いた感じでグッド。

確かに、なにごとも“周辺”というのはぼやけていることが多い。種の中の個体の“個性”なのか、それともそれが本質的違い(種を分けるほどの違い)なのか。“平均”の近くだったら、まあ一緒だよなと認識されるだろうけど、それからズレていくとだんだんと“違う”ものになり、“知らないうちに”別の主になっているという感じなのだろう。

でも、そんなフワフワした定義なのだが、やはり生物は“進化”している。それこそ系統樹の端と端ではどうみても違った生き物だ。チンパンジーと人とは異なった“種”だろう。自分で考え、納得する必要がある。なるほど、教科書としては理想的な書き方なのかも。

日本版は全三巻に分冊されていて、今は二巻目まで出ているのかな。“教科書”と謳われているけど、気軽に読めます。それでいて内容はしっかりしている。おすすめの一冊です。
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こちらは二巻目。
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