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「宣教師ザビエルと被差別民」 宣教の歴史から見えてくる日本中世・近世の被差別民の姿 [読書 : 読んだ本の紹介]

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★あらすじ

イエズス会を立ち上げたフランシスコ・デ・ザビエルとイグナティウス・デ・ロヨラは共に(スペインの)バスク地方の出身。バスク地方は、古くはローマ人・西ゴート族、フランク王国、そしてイスラム勢力からの侵攻を受け続け、それでも独立を保ち、ナバラ王国を築き上げた。だが、スペインに併合されてしまう。ザビエルの兄たちは、ナバラ王国再興のためにスペインと戦い、一時期、国を追われてしまう。
キリスト教世界も宗教改革の激動の時代となっていた。しかし、ザビエル達はカトリックに留まりながら、この時代をいかに生きるべきかを求め、イエズス会を結成したのだ。布教活動と社会奉仕活動とが一体となった活動方針がその特徴だ。かくして彼らは、神の福音を広めるため、「地の果て」まで進んで行ったのだ。

インドのゴアや、マラッカなどに布教のためにやって来たザビエル。そこで、アンジローという日本人と出会う。アンジローは鹿児島生まれ。殺人事件を起こしてしまい、ポルトガル船に乗り込んで国外逃亡を図る。船長に気に入られた彼はポルトガル語もしゃべれるようになっていく。そんな時、ザビエルと出会った。片言のポルトガル語での会話だったが、日本の事情をアンジローからザビエルは得ることが出来た。そして、日本に渡って布教をすることを決意した。

ザビエルは、島津氏の治める鹿児島に上陸する。南蛮貿易での利益を期待した領主によって布教を認められ、ザビエルらは百人余りをキリスト教に転向させることが出来た。そこでも、ザビエルと共に日本に戻ったアンジローの功績は大きかったようだ。
そして、各地に布教拠点ができると、そこで重病人や「癩者」らの救済を始める。当時の日本で「癩者」は、穢れの概念による触穢思想から不浄視され、地域共同体からも排除されていたのだ。かつてイエスは、進んで貧しい窮民や罪人の家を訪れ、法で禁じられていた重病人や「癩者」の居住区に出入りして彼らの心身を癒やすことに努めた。ザビエルら宣教師達も同様の使命を感じていたのだろう。
かくして、老弱者・孤児・病人、漂白の遊芸民や賎民層からの入信者が少なくなかったのだった。

★基本データ&目次

作者沖浦和光
発行元筑摩書房(筑摩選書)
発行年2016
ISBN9784480016478

  • 第1章 “宗教改革”と“大航海時代”の申し子・ザビエル
  • 第2章 ザビエルを日本へと導いた出会い
  • 第3章 ゴアを訪れて
  • 第4章 ザビエルが訪れた香料列島
  • 第5章 戦国時代の世情と仏教
  • 第6章 ザビエルの上陸とキリスト教の広がり
  • 第7章 戦国期キリシタンの渡来と「救癩」運動
  • 第8章 オランダの台頭
  • 第9章 賎民制の推移
  • 第10章 「宗門人別改」制と「キリシタン類族改」制



★ 感想

映画「沈黙 Silence」(「沈黙 Silence」 原作をとても丁寧に映像化している。そして窪塚洋介は、日本のユダを見事に演じていた)を観たこともあって、ぴったりのタイミングで出たこの本。積ん読書庫に入れることなく、買ってすぐに読んだのでありました。

宣教師というと、自分のところの(国の・宗教の)価値観を他国に押しつけ、文化破壊をすると共に、植民地へと変えていく尖兵、というイメージが私にはありました。そのやり方は、文化的テロリストと呼んでも良いんじゃないかと思ってます。ザビエル自身も、異端者排斥は厳しく行ったようです。
とは言え、そんなことを差し引いても、貧民救済活動は確かに偉大な行為だったのでしょう。信者獲得のためとは言え、重病人の救済活動は楽ではなかったでしょうし、無理解から危険な目に遭うこともあったはず。宗教の持つ、社会へのプラスの面は否めません。もちろん、私は神も仏も信じていない(いらない)ですが。

ザビエルら宣教師達の活動を通し、当時の(いや、今も続く)社会問題(被差別民)を追っていくというアプローチが興味深かった。なぜ、彼らは差別されるようになったのかや、日本の宗教家達はこの問題に対してどのようなことをしたのか(もしくは、しなかったのか)が本書では語られていて、非常に面白かった。為政者達の歴史ばかりが語られるのが普通だが、このような形で民衆の、いやその民衆の枠からもはみ出す存在だった人たちの歴史を知ることができるのは意味深い。断片的ながら、ザビエル達の書簡や日記などから「アンジロー」なる人がいたんだということが知れたのだから。

映画『沈黙‐サイレンス‐』を観たり、原作「沈黙」を読んだりしたあとにこれを読むと、迫害を受けながらも信仰を捨てなかった彼らの理由(の一端)が分かるかも。おすすめの一冊です。
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「進化の教科書 第1巻 進化の歴史」 : これは分かり易い。種の概念自体が問題なのが分かった [読書 : 読んだ本の紹介]

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★あらすじ

地質学者は放射性同位体を使って岩石の作られた年代を測定することが出来るようになった。グリーンランドから見つかった岩石には37億年前の炭素が含まれていた。これを最古の生物の痕跡と唱える学者もいる(異論あり)。真正細菌の鉱物化作用によって形成される層状構造物を「ストロマイト」と呼ぶが、34.5億年前のストロマイトを発見したという報告もある。

現生種のDNA解析によって生物全体の系統樹を作る試みも為されている。それによると、生物は真正細菌、古細菌、真核生物の3つのドメインに分けることが出来る。
進化における大きな節目は多細胞生物の出現にある。単細胞の真正細菌とは全く異なり、巨大化していくことができた。だが、系統樹によると多細胞化は一回だけの出来事ではなく、何十回も起きたと考えられる。例えば、真正細菌は通常は単細胞だが、バイオフィルム(ゼラチン状のシート)によって複数の細胞が集まってた細胞生物のような構造を撮ることができる。そのような状態から多細胞化へと進む道があったと考えられる。

ところで、進化とは生物の“種”が変化して新たな“種”になっていくことと考えられるが、そもそも“種”とは何かを正しく定義するのは難しい。これまでに二十五の異なった定義が提唱されているそうだ。
鳥類学者エルンスト・マイアによる生物学的種概念は「実際に、または潜在的に交配可能な個体群で、他の同じようなグループから生殖的に隔離されている」ものとした。だが、この定義は性のあるものにしか適用できない。
また、系統学的種概念では、種は系統樹の“末端”として認識される。このような定義もある。
現在、一つの概念で種を定義することはできない、というのが多くの生物学者による共通認識となっている。

★基本データ&目次

作者Carl Zimmer, Douglas J. Emlen
発行元講談社(ブルーバックス)
発行年2016
ISBN9784062579902
訳者更科功, 石川牧子, 国友良樹

  • 第1章 岩石の語ること
  • 第2章 種の起源
  • 第3章 大進化
  • 第4章 人類の進化

★ 感想

ブルーバックスでは「「アメリカ版 大学生物学の教科書  第1巻 細胞生物学」」に続いて、今度は進化学の教科書が登場。このシリーズ、良いですね。教科書なんでしょうけど、読み物としてとても面白く、興味深く、読むことが出来ます。もちろん教科書なので、系統的に、そして網羅的に記述がされていて、この分野を概観するのにピッタリ。

特に興味深かったのは「種の概念」の議論。エルンスト・マイアによる生物学的種の定義が単体で分裂するような生物(例えば真正細菌)には適用できない、と言うことは知っていた。だが、結局は統合的・統一的定義は存在しないのだという結論には驚いた。こんな結論を堂々と書いちゃうところが、教科書ってこういうものという思い込みを打ち砕いた感じでグッド。

確かに、なにごとも“周辺”というのはぼやけていることが多い。種の中の個体の“個性”なのか、それともそれが本質的違い(種を分けるほどの違い)なのか。“平均”の近くだったら、まあ一緒だよなと認識されるだろうけど、それからズレていくとだんだんと“違う”ものになり、“知らないうちに”別の主になっているという感じなのだろう。

でも、そんなフワフワした定義なのだが、やはり生物は“進化”している。それこそ系統樹の端と端ではどうみても違った生き物だ。チンパンジーと人とは異なった“種”だろう。自分で考え、納得する必要がある。なるほど、教科書としては理想的な書き方なのかも。

日本版は全三巻に分冊されていて、今は二巻目まで出ているのかな。“教科書”と謳われているけど、気軽に読めます。それでいて内容はしっかりしている。おすすめの一冊です。
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こちらは二巻目。
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「老北京の胡同 開発と喪失、ささやかな抵抗の記録」 庶民の歴史を残すことの難しさ [読書 : 読んだ本の紹介]

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★あらすじ

胡同(ふーとん)とは、700年前の元の時代から続く、北京の下町、横丁、路地のような空間。「四合院(しごういん)」と呼ばれる伝統的民家をベースに造られた街並みの中に人々の暮らしが営まれている(いた)。
しかし、近年になって急激な経済発展の流れに揉まれ、地名のプレートを剥がされ、更地化され、存在そのものが「そんなものはそもそもなかったかのように」かき消されてしまったケースも少なくない。

中国の土地は基本的に全て国有。政府が取り壊しを決めると、基本的に住民は出て行かざるを得ない。「拆遷公司(チャイチェンゴンスー)」と呼ばれる、家屋の取り壊しと住民の立ち退きを専門に扱う不動産ブローカーによって地上げ屋さながらの手段で住民は追い出される。それでも保証金に納得いかなかったり、その土地から離れたくない住人は最後の手段として“居座り”で抵抗する。だが、ある日の未明、警察の下部組織である「城管(チェングアン)」によって胡同の全ての出入り口が封鎖され、強制撤去が行われた。抵抗していた家は一晩で更地になってしまった。

著者はそんな胡同に自ら居を移し、その生活を実体験する。かつては大きなお屋敷であった「四合院」は、解放後に細分化され、中庭などにも小屋が建てられ、数十世帯が雑居する「大雑院(ダーザーユアン)」の一室だ。表門(かつてのお屋敷の門)から部屋にたどり着くまでの道は迷路のよう。蓄熱型電気暖房が普及する前は練炭ストーブが主流だったが、大家が一酸化炭素中毒を恐れ、使わせてくれなかったので、冬は寒さに震えていた。それでも、胡同には庶民の暮らしを支える飲食店や商店(服屋やら、食器修理ややら)が立ち並び、生活に不自由はなかった(寒さを除いて・・)。

特に、北京オリンピックの際には“再開発”の波が怒濤のように押し寄せた。元のじだいに造られた鐘楼・鼓楼という文化遺産を挟んで、その周辺には多数の胡同が広がっていた。しかし、政府はここを一大観光地にすべく、大改造プロジェクトを発表する。ほとんどの胡同を取りつぶし、道路を整備し、地下駐車場も供えた商業地区に生まれ変えようとしたのだ。そこにはかつての歴史的な街並みや、庶民の間で語り継がれていた昔話にまつわる“名所”も残っていない。

胡同はかつて3,600以上あったと言われている。しかし、2000年には1,200に、2005年には758に減ってしまった。再開発による大規模取り壊しは今も続いている。(本書が執筆された)2014年には500ちょっとになっている。

★基本データ&目次

作者多田麻美
発行元晶文社
発行年2015
ISBN9784797968678
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  • はじめに
  • 1部 胡同が消える――開発の光と影
    • 第1章 止まらぬ破壊
    • 第2章 伝統的な景観と住環境
    • 第3章 断ち切られる伝説
  • 2部 胡同を旅する――老北京、記憶の断片
    • 第4章 胡同の味
    • 第5章 趣味人たちの都
    • 第6章 華麗なる花柳界
    • 第7章 裏世界をめぐる伝説
    • 第8章 古都の記憶
    • 終章 消えゆくものを引き留められるか?
  • おわりに 老北京はどこへ行く

★ 感想

Rolleiと北京出張 その2 什刹海の胡同巡り」で紹介したが、七年前に出張で北京を訪れた時、胡同“見物”もしていた。当時は、これが胡同かと思ったが、本書を読むと「取り壊したあとに四合院造り風の建物を立てる」こともされているようなので、私が見たのが本物なのか自信がない。もしかしたら、テーマパークもどきのえせ四合院を見せられたのかも・・・。

中国の“再開発”は確かに容赦ないなというのは私もこの目で見てきた。北京でも上海でも、街が一区画丸ごと壁で仕切られ、その中には瓦礫が広がっている。そんな場所がいくつもあった。それだけを見ても、そこにはどんな生活があったのだろうかとか、どんな家族が暮らしていたのだろうかと、哀愁を感じずにはいられない雰囲気が漂っていた。

それにしても胡同に自ら飛び込んで住んでしまうとはすごいなと感心してしまう。庶民の暮らしはそれなりに魅力的ではあるけれども、文化も異なった土地で、しかも知り合いもいないところでなんて。食べ物一つとっても、最初に口にするのは勇気がいりそう。
でも、暮らしてみたからこそ本書は書けたんだなというのも確か。文化遺産的な、歴史上の有名人の家でも、今は普通に誰かが暮らしていることが多い胡同。そんなところにもお邪魔して“取材”できたのは、胡同に暮らす御近所さん的な繋がりができていたからこそだろう。古老の話を聞けたのも、相手が“近所の子どもたちにする昔話”のような感覚を持ってくれたからだし。それだけに貴重な記録と言える。

街は常に変わりゆく。それは致し方ないこと。昔のものを全て残していては、新しいものを採り入れることはできない。では、何を捨て、何を残すのか。これは難しい問題。歴史的価値と言っても、時の為政者や時代感覚によって基準は変わっていく。中国に限らず、世界遺産を見ても、かなり有名にならなければ街並み保存はままならない。日本だって、江戸時代の武家屋敷は保存しようという感覚はあるものの、昭和の長屋・横丁には郷愁は感じるものの、積極的に保存しようと思う人は多くないだろう。
中国の、北京の街の話ではあるけど、まさに他人事とは言えない問題だ。

著者が胡同の暮らしの中で知り合い、結婚した旦那さんが本書の写真を全て撮っている。彼は胡同を撮り続ける写真家だそうだ。そこには、活気に溢れた胡同の様子も、取り壊されて廃墟となってしまった風景もある。著者の文章と共に、写真によっても今の胡同を知ることができた。

もう一度、北京に行ってみたくなった。そして、私が見たのが本物だったのか確かめてみたい。そこはもう、取り壊されて今はマンションになっているかも知れない。でも、そうだとしたら、私が見た胡同は本物だったと言うことだろうか。今度は屋台の料理にも挑戦してみようかな。
そんな気を起こさせる一冊でした。おすすめです。

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