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「銭形警部」 : 日テレ x Hulu x WOWOW 三社がそれぞれに描く銭形警部の普段の姿 [映画の感想]

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★ あらすじ

美術館から名画が盗まれた。現場には“犯行声明”代わりのカードが残されていて、かのルパン三世の名前が記されていた。
「ルパン三世がついに日本にもやって来た!」と警視庁の面々は大騒ぎ。そんな捜査本部に急に現れ、「これはルパン三世の犯行ではない!」と断言する男がいた。ハットを被り、トレンチコートを着たその男こそ、銭形警部(鈴木亮平)だったのだ。警視庁国際捜査課に属し、ルパン三世逮捕に人生を捧げている、あの銭形警部だ。
犯行途中で、警備員が殺されていたのだが、それを知って銭形警部は「ルパンはむやみに人をあやめない」と主張したのだった。
警視庁捜査一課では、厄介払いのために銭形警部に独自操作を認める。しかも、捜査一課の夏希(前田敦子)、国木田(三浦貴大)を部下に付けて送り出した。かくして三人の捜査が始まった。

事件が一件落着したと思った矢先、いきなり銭形警部に「警察に挑戦する。なぞなぞを出すからそれを解け。」と爆破犯行予告の電話が入ったのだ。そこから銭形警部、夏希、国木田トリオと爆弾魔との戦いが始まったのだ。次々に出される犯行予告(のなぞなぞ)に翻弄されつつ、市民を守るため、そして犯人を捕らえるため、銭形警部らは東京の街を走り回るのだった。
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★ キャスト&番組情報

  • 出演 : 鈴木亮平、前田敦子、三浦貴大、渡辺いっけい、袴田吉彦、上川達也、山寺宏一、渡部篤郎
  • 公式サイト : 銭形警部|日本テレビ
  • 放送日時 : 2/10(Fri) 21:00~

★ 感想

日テレとhulu、そしてWOWOWが共同で一人の主人公「銭形警部」の物語を作り上げていく今回のプロジェクト。主要キャストは同じものの、三社それぞれが異なった物語を放映・配信するというスタイル。
  • 日テレ : 2/10(Fri) 21:00 - 「銭形警部」
  • hulu : 2/10(Fri) 配信開始(日テレ版放映直後から) 「銭形警部 深紅の捜査ファイル (全4話)」
  • WOWOW : 2/19(Sun) 22:00 - 「銭形警部 漆黒の捜査ファイル(全4話)」
となってます。
試写会で私が観たのは日テレ版になります。犯人が爆弾魔ということもあり、ノンストップアクションと言った感じになっていました。
一方でhulu版は、銭形警部が夏希刑事と共に事件を追う形。銭形警部の元恋人が出てきたり、子供が中心の話だったりと、ちょっとしっとり目のようです。
方やWOWOW版は、銭形警部が国木田刑事と共に国際的陰謀に立ち向かう、ハードボイルド仕立て。銭形警部の先輩刑事が殺されてしまったり、公安との確執があったりといった感じ。
それぞれの媒体でテーマが違っているのは面白い試みですね。TVドラマの脇役をスピンアウト作品の主人公にして、ネット配信で流すというのはこれまでにもありましたが、今回は全ての媒体で銭形警部が主人公。でも、雰囲気はそれぞれに異なる。どれも観たくなります。

上映前のトークショーで、特別ゲストの栗田貫一(アニメでルパン三世の声をしていますね。今回の作品にはナレーションで参加)が「山寺宏一(納谷悟朗さんの後を引き継ぎ、アニメで銭形警部の声を担当)よりも、鈴木亮平の銭形警部の方がいい!」と太鼓判を押していました。実際、キャラクター造りにかなり苦労されたそうで、ともすると“雰囲気が全然ちがう!”となりがちなアニメの実写版で、鈴木亮平は銭形警部になりきってました。喉をからすほどに作り込んだ声音はもちろん、犯人を追って走り回る姿がまさに銭形警部。あのがに股スタイルをキープしてよくもこれだけ走り回れるなと、それだけでも感心しきり。その姿だけでも、一見の価値ありです。
ストーリーは、適度にはらはらさせてくれ、家族で楽しめるレベル。そんなにシリアスではなく、安心して観ていられました。
いやぁ、楽しかった。

試写会では日テレ版「銭形警部」上映後に、hulu版「銭形警部 深紅の捜査ファイル (全4話)」と、WOWOW版 「銭形警部 漆黒の捜査ファイル(全4話)」の予告編もちょろっと流れたんですが、どちらも面白そう。やっぱり、銭形警部ってキャラクターの勝利ですよ、これは。
我が家ではhuluもWOWOWも、両方とも契約済み。ということで、全編観たいと思います。楽しみだ。
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WOWOW



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「沈黙 Silence」 原作をとても丁寧に映像化している。そして窪塚洋介は、日本のユダを見事に演じていた [映画の感想]

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★ あらすじ

江戸時代初期の長崎。江戸幕府は切支丹禁教令を発布し、厳しく取り締まりを行っていた。それでも、密かに日本で布教活動を行っていたイエズス会の宣教師達は、あるいは捉えられて死罪となり、あるいは拷問の末に棄教させられていた。そんな中、高名な宣教師フェレイラの消息が途絶え、噂では棄教したと伝えられていた。かつて、フェレイラから教えを受けた弟子達二人(ロドリゴとガルペ)はそれを信じられず、自ら確かめるため、そしてまた日本での布教を建て直す使命を持ち、危険な日本へと潜入を図るのだった。

途中、マカオで漂流民の日本人キチジローと知り合い、彼を道案内に連れて行くこととなった。キチジローの家族は棄教を拒み、火炙りの末に殺されてしまっていた。

かくして日本に着いた二人は、隠れキリシタンの村人達にかくまわれる。そこで、村人達にミサを行ったり、洗礼を行ったりと、つかの間の“平和な時”をすごした。だが、そんな時間はすぐに終わりを告げる。キチジローが彼ら二人を裏切り、長崎奉行に村人らと共に捕らえられてしまったのだ。

長崎奉行は宣教師や切支丹達のことを熟知していて、ただ拷問をするだけではなかった。拷問の末の死は殉教となり、逆に切支丹達の結束を固めるだけだったから。そのため、ロドリゴ自体にはさしたる(肉体的)拷問は行われない。代わりに、村人達へ過酷な、残虐な拷問を加えていくのだった。そして奉行は、ロドリゴに棄教を迫る。

ロドリゴは、信仰を捨てずに殉教して天国での幸福を村人達に“強いる”のか、それとも目の前で繰り広げられる苦しみから彼らを救うのか(==ロドリゴが棄教する)の選択を迫られるのだった。

苦悩するロドリゴ。神に祈り、助けを求める。だが、神は沈黙を保ったまま、何も語らず、村人達を助けることもなかった。

★ キャスト&スタッフ

  • 出演 : Andrew Garfield, Adam Driver, Liam Neeson, 浅野忠信, イッセー尾形, 窪塚洋介, 塚本晋也, 笈田ヨシ, 加瀬亮, 小松菜奈
  • 監督 : Martin Scorsese
  • 脚本 : Jay Cocks, Martin Scorsese
  • 原作 : 遠藤周作

★ 感想

半年ほど前に原作を初めて読んだ。その時の感想はこちら 「「沈黙」 : 殉教者がもがき苦しんで死んでいっても沈黙を続ける神とは」。そのすぐあとに、この作品が映画化されると知り、それ以来、公開を楽しみにしていたのだ。
だが、マーティン・スコセッシ監督がこの原作に出会ったのは1988年のことだったそうだ。それから「この作品を映画化したい!」と想い続けていたものの、資金集めやら何やらで苦戦し、完成までに三十年近くかかってしまったのだとか。イエズス会の宣教師たちもすごいが、監督の熱意も大したものだ。巨匠と言われる人がそこまでして作った作品なのだから面白いに決まっている。
そして私の中で期待は膨らみ、やっと公開となって観に行ってきた次第。期待を裏切らない傑作でしたよ。

なんと言っても、キチジローを演じた窪塚洋介が良かった。強さを持った卑怯者という、非常に難しい役。それは端的に言えば”ユダ”のような存在なのだろうが、泣きわめくのではない、淡々とした演技が”リアル”だった。もちろん、ユダがどんな人物だったかは知る由もないが。裏切り続けながらも許しを請う。その矛盾を表すとあのような表情なのだろう。殉教しない・できない辛さ、惨めさの中に生き続けること。うむ、難しい役だ。彼の演技を見るだけでも価値のある作品。


かなり原作に忠実なシナリオだった。非常に難しく、かつセンシティブなテーマであるため、脚色がしにくいものだったからだろうか。それとも、素直に脚本家でもある監督のマーティン・スコセッシがこれで良しと考えたのか。
アフリカや中南米である程度の”成果”を見せたキリスト教の布教もアジアでは苦戦した。中国は懐の深さ故か、寛容な態度を取ったが、日本は違った。時の権力者に、いや国として余裕がなかったからだろうか。
宗教も文化的ミームの一つと考えると、それらが伝播していくとき、変容(遺伝子的にいえば突然変異)が生じるのは避けられないようだ。ある種の生物が生息域を広げていくとき、その”先端”においてはだんだんと姿形が変わっていく。そして、一方の端と他方とは異なった種になってしまう(分化してしまう)。宗教も同じようだ。先に棄教して、キリスト教の”弱点”を書物に書いていた(となっている)フェレイラ神父が「日本の信者たちが信じているものはキリスト教ではない。変容してしまっている。(彼らは太陽を崇めている)」と劇中で語っているが、そうかもしれない。人性と神性とが一体なのか別なのかなどで殺し合いをするほど異端に厳しいキリスト教だが、日本の当時の農民・漁民たちには全く理解できなかっただろう。彼らの想像の範囲に当てはめ、自分たちで納得した形にして”キリスト”の教えを捉えていたことは容易に想像できる。まあ、それはヨーロッパの一般民衆も対して違いはなかっただろうが。
となると、ロドリゴらの布教活動の意味とはなんだったのだろうか。幕府の弾圧に苦しんで神の存在を疑う(沈黙を保つ神)ことに悩むが、たとえ布教を続けたとしても、キリスト教がそのままの形で広まってはいないとしたら。
ロドリゴは棄教することはなかった。でも、その彼が信じた神とは、彼の中に存在する神、いや彼の心の中にのみ存在する神だったのかもしれない。たとえ群盲でも、本当に象が存在し、みんなでそれに触れることができれば語り合うことによって真実の形を想像し共有することはできるだろう。だが、形もなく、声も発しないものでは触れることも聞くこともできない。それでは目開きでもそれぞれに想像することしかできず、人々が同じ概念を共有できるかというと疑わしい。
私は神も仏も必要ないので、その点で悩むことはない。だが、神を信じる人のことを理解はしたいと思う。現代でも宗教対立は激しいし、人災・天災での犠牲者は後を絶たない。どう考えても神を擁護する必要はないほど「沈黙」を保ち続けている。でも、なおも神を信じる人はいる。どのように理解すればいいのだろうか。


非常におもしろい映画だった。原作とともに強く、強くおすすめします。観るべき一本。

★ 公開情報


★ 原作本

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紙版(文庫版)
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「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」 (Fantastic Beasts and Where to Find Them) [映画の感想]

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★ あらすじ

主人公のニュート・スキャマンダーは、英国の名門魔法学校ホグワーツ(あの、ハリー・ポッターの母校)を卒業した魔法使い。ちょっと変わり者で、魔法動物の研究や調査にのめり込んでいる。彼は世界各地を歩き回り、魔法動物の生態調査をしたり、その保護をしていたのだ。しかも、何頭もの魔法動物を、彼のトランクの中で保護・飼育しているのだ。そんな彼が、調査の一環としてアメリカに渡ってくる。もちろん、愛用のトランクを携えて。

その頃のアメリカでは、魔法使いたちは人間界に紛れ込み、正体を隠して生活をしていた。だが、そんな生活から脱して、人間たちに自分たちの存在を知らしめようと目論む過激な魔法使いがいた。その魔法使いは、人間たちと戦争になることも辞さない“過激思想”の持ち主なのだ。

さて、ニューヨークにやって来たニュートだが、うっかりしてトランクから魔法動物たちを逃がしてしまう。ある魔法動物は、見た目はモグラか袋ネズミ。でも、そいつは光るもの、特に金貨や宝石を見るとすぐに盗んで、自分のお腹の袋に貯め込んでしまういたずら者だったのだ。そんな奴がニューヨークの銀行や宝石店でいたずらしまくったものだから街はたちまちパニックに。

さらには、そんな魔法動物とも違う、そして魔法使いの魔法とも異なった“何者か”が街で暴れ回り、家を壊し、未知を穴だらけにする騒動が頻発するようになる。人間たちは何事かと驚き、おびえ、魔法使いたちとの軋轢が強くなってしまう。

ニュートは、魔法省に務める姉妹や、偶然知り合いとなった人間と共に、逃げ出した魔法動物を探しているうちに、魔法使い対人間の争いにも巻き込まれていってしまうのだった。

★ キャスト&スタッフ

  • 出演 : エディ・レッドメイン、キャサリン・ウォーターストン、アリソン・スドル、ダン・フォグラー、コリン・ファレル、サマンサ・モートン、エズラ・ミラー、他
  • 監督 : デイビッド・イェーツ
  • 脚本 : J.K. ローリング

★ 感想

ハリー・ポッターもロンも、ハーマイオニーも出てこない。しかも舞台はアメリカのニューヨーク。でも、世界観は確かにハリー・ポッターのそれそのものだった。「ホビットの冒険」を描いたJ.R.R.トールキンもそうだが、一つの世界を創造して、神話体系のようなものにまで堅固に構築していると(トールキン自身が、「神話を造りたかった」と言っていたそうだが)、こんな風にいくらでも派生作品・スピンアウト作品ができそう。ファンとしては喜ばしい限り。

確か、ハリー・ポッターがホグワーツ魔法魔術学校で使った教科書の一冊が、今回の「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」の主人公のニュート・スキャマンダーが執筆したもの、という設定だったと思います。ハリーたちが魔法動物について、その教科書で学んだ訳ですね。そんな感じで“一つの世界”として繋がっているんです。ハリー・ポッターのシリーズを読んだ読者・映画を観た者としては、楽しくて仕方ない仕掛けです。

そんなハリー・ポッターのシリーズ、後半は宿敵ヴォルデモートとの戦いが話の中心になっていったので、どうしても暗い感じになってきてました。誰かが死んでしまったり、ホグワーツ城が壊されたり。今回の作品も、もちろんそんなダークな雰囲気も持っているのですが(それも魅力ですからね、このシリーズの)、だいぶ明るい感じになっていました。コメディ風な場面も多いし、なにより魔法動物たちが可愛らしい。シリーズとしては、ダークなイメージを一旦リセットした感じになっているのでしょう。

また、時代設定としてはハリー・ポッター達よりも過去の話ということで、直接的な関係はありません。なので、ハリー・ポッターのオリジナルシリーズを知らない、読んだことない、観たことないという人も素直に楽しめ、この世界に入っていけるようになってます。

ということで、またまたあの世界に帰ってくることができた感じ。おすすめです。

★ 公開情報


★ 原作本(脚本)


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主人公のNewt Scamanderが書いたとされる本はこちら。
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今ならHuluでハリー・ポッターのシリーズを全作観られます。吹き替え版ですが。





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