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2017秋 京都一人旅:北野天満宮、御室仁和寺を市バスと嵐電を乗り継いでグルグル [旅行 :旅日記]

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秋休みを取って、ぶらりと京都を一人旅してきました。
まとめページはこちら : 2017秋 京都一人旅:まとめページ

★ 北野天満宮

二日目、朝から向かったのは北野天満宮。菅原道真を祀った、天満宮・天神社の総本宮。今さら説明するまでもなく、学問の神様として有名なのですが、実は他にも色々と御利益があるそうで、公式サイトの説明によると、
  • 農耕の神:天神様と言えば雷。雷は雨をもたらすので。
  • 正直・至誠の神:道真さんがとっても真面目な人だったと言うことで。
  • 冤罪を晴らす神:道真さんの冤罪が晴れたと言うことで。ただ、死後ですが。。。
  • 学門・和歌・連歌の神:天童、秀才だったからですね。でも、さすがに英語や物理・化学、世界史などは専門外では?!
  • 渡唐天神:伝説では、道真さんは唐に渡って禅の奥義を授かった、と言われているそうで。
  • 芸能の神:境内で田楽・能・狂言などが披露され、出雲の阿国が歌舞伎踊りを初上演した場所なので。
  • 厄除けの神:平安京の乾(北西)の守り神として。
などなど。道真さん、大活躍ですな。

と言うことで、修学旅行生にも人気。朝から多くの学生さんたちがお参りに来ていました。
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参道を進んで行くと立派な楼門が。寺院の仁王門だと、左右に金剛力士像が厳つい顔をして門番の役割をしているんですが、神社では穏やかな、束帯姿の老人(の像)が座ってお出迎え。ベンチのようなものに座った姿なのですが、そのベンチ(?)がなかなかお洒落でした。
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天神様と言えば牛。なぜ牛がリスペクトされているかは諸説あるようですが、平安貴族には牛(牛車)のイメージがありますから、納得感があるかな。
お稲荷さんだと赤い鳥居が奉納されるところですが、ここでは牛の像。参道の両側にいくつもの牛の像が並んでいました。
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そして、手水舎にも牛。さすがに牛の口から水が出ている訳ではないですが(涎がダラダラ、というイメージを嫌った?)。
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本殿も立派。
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すごい数の絵馬。この五倍、いや、十倍はあったかな。
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北野天満宮といえば梅園が有名ですが、広い庭園内は他にも見どころが色々。
御土居(おどい)の跡が残っているのもその一つ。御土居とは、秀吉が造らせた、京都の街をぐるっと囲む城壁(土塁)です。高さは5mほどだそうで、新幹線ホームがその御土居(の跡)を利用したなんて話もあります。もちろん、近代になってほとんどが取り壊され、宅地となっていった訳ですが、部分的に残っているのです。その一部が北野天満宮の庭園に。
御土居の上に道ができていて、散歩にピッタリ。
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御土居の下に降りていくと、その姿が見えてきます。御土居の断面は台形で、底面は20mほどだったそうですから、横から見るとこんな感じ。
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御土居を降りたところには川が流れていました。朱塗りの太鼓橋が掛かり、河岸には紅葉が。残念ながら私が行った時はまだこの通りに青々とした状態でしたが、今頃は色づいていて、いい雰囲気になっているんじゃないでしょうか。
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★ 世界遺産 真言宗御室派総本山 仁和寺

北野天満宮からちょっと歩くと、嵐電北野線(らんでんきたのせん)の北野白梅町駅があります。嵐電は、江ノ電や東急世田谷線を思い浮かべればいいでしょうかね、あんな雰囲気ののんびりとした電車です。北野線としては烏帽子の辻駅が終点。ここで嵐山本線に乗り換え、嵐山まで行けます。
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私は途中下車。降りたのは御室駅(おむろえき)。門構えが立派な駅舎です。といっても、門しかなくて、すぐにホームですが。。。
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その駅舎の門からぐるりと回れ右して反対側を見ると、道の端に見えるのは世界遺産 真言宗御室派総本山 仁和寺の仁王門。周りに高い建物のない、京都の住宅街にあるため、かなり目立ちます。
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仁王門を守るのは、もちろん金剛力士。柵の合間から見える顔が凜々しい。
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書院や神殿を見るには拝観料が必要。仁王門をくぐってすぐ左手に受付があります。
御殿の入り口をくぐり、書く書院を巡っていくのですが、途中にはこのような白砂青松の庭園が。こちらは南庭(なんてい)。石庭の砂利がまぶしいくらいに白い。
観光客、特に海外からの訪問者が急増中の京都。どこに行っても混雑で大変なのですが、この庭園では参拝客が多いにもかかわらず、静けさが広がっていました。誰しもこの庭を見ると穏やかな心持ちになるのでしょう。それは洋の東西を問わない感覚なのかも。
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ふすま絵などももちろん美しいのですが、このような古色を帯びた金具類にも惹かれます。錆びていく金属の色合いにも侘び寂びを感じてしまうな。
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御室仁和寺と言えば桜。遅咲きの御室桜が有名です。土壌のせいで余り生育できず、低木なのが特徴とのこと。目線に合った高さなので、より一層、“一面の花”という印象を与えるのでしょうか。
もちろん、今の時期は枯れ葉もハラハラと落ちている状態。春に訪れたことがないので、いつかは見てみたい桜です。
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★ 素通りしちゃった嵐山

仁和寺からは嵐電でももちろん、嵐山に行かれるのですが、市営地下鉄・市バスの一日乗車券を買ってしまっていたので、バスで向かいます。
初めて乗った路線ですが、途中には“日本で一番”と言われているらしい京都 / 宇多野ユースホステルなんてのもありました。車窓からチラッと見ただけですが、ユースホステルとは思えない趣でしたよ。

途中、“山越中町”というバス停で乗り換え。名前からしていかにもって感じですが、確かに周りには何もないところ。でも、乗り換え場所では、ここでも色んな国の人で一杯。
そして嵐山へと向かったのですが、山越を越えて嵐山に近づくにつれて辺りには人が。嵐山周辺では道に人があふれかえっている感じ。人気のエリアではあるんですが、こんなにもすごいとは。これでは原宿の竹下通りや、鎌倉の小町通りと何の違いがあるのって雰囲気。結局、バスを降りずにそのまま素通りしてしまいました。バスはそのまま乗っていると、四条河原町(京都の繁華街)まで連れて行ってくれます。

折角なので、バスの窓から渡月橋をパシャリ。
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いやぁ、京都は本当に人が多すぎ。観光誘致ももう少し整備していかないと、そのうちに旅行客も、出迎える方も疲弊してしまいそう。

★ KYOTO NIPPON FESTIVAL

さて、今回の京都旅行ですが、一番の目的はこれ。「KYOTO NIPPON FESTIVAL」で行われている「伊藤万理華の脳内博覧会」を観に行くことだったのでありました。十月に渋谷のパルコギャラリーでやっていたのですが、抽選に外れて見られなかったんですよ。なので、京都まで出掛けていったのでありました。

行ってよかった。「はじまりか、」観られて良かった。
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京都では12/3までやっています。福岡のパルコでも写真展示・ショートムービー上映だけの「伊藤万理華の脳内博覧会mini」として、こちらも12/3までやっているそうですよ。
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旅は続きます。
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2017秋 京都一人旅:御所の西ぶらぶら、ホテル 堀川イン [旅行 :旅日記]

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秋休みを取って、ぶらりと京都を一人旅してきました。
まとめページはこちら : 2017秋 京都一人旅:まとめページ

★ 京都御所西 護王神社

ホテルのチェックイン時刻までまだ間があったので、御所の周りをブラブラ。
KBS京都の社屋、こんなところにあります。TVとラジオの放送をしていて、オリジナル番組も色々。昔はよく見て、聞いていました。京都の紹介番組、東京でもたまに放映されますが、ネット配信はしているのかな。そしたら見るのに。
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学生時代は御所の東側に住んでいたんですが、御所の西側にある護王神社にも、なぜか行ったことがありませんでした。
公式サイトの説明によると、
 確かな創建年は伝えられていませんが、もとは洛西の高雄山神護寺の境内に清麻呂公の霊社として祀られ、古くから「護法善神」と称されていました。
 江戸時代末の嘉永4年(1851)、孝明天皇は清麻呂公の歴史的功績を讃えて正一位護王大明神の神階神号を授けられ、明治7年(1874)には「護王神社」と改称して別格官幣社に列せられました。
 明治19年(1866)、明治天皇の勅命により、華族中院家邸宅跡地であった京都御所蛤御門(はまぐりごもん)前の現在地に社殿を造営し、神護寺境内からご遷座。後に姉君の和気広虫姫も主祭神として合わせ祀りました。
 その後、崇敬者により境内の霊猪像(狛いのしし)が奉納され、「いのしし神社」とも呼ばれ親しまれています。
とのこと。
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説明の通り、イノシシをやたらとフィーチャーしていて、狛犬もイノシシ。手水舎も普通なら水神の龍だが、ここではイノシシでした。
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祀られている和気清麻呂というと、道鏡のクーデター(?)を阻止した宇佐八幡宮神託事件で流罪となるも、道鏡失脚後に政界復帰。そこら辺は日本史で習いました。その際、猪が守ったとか何とかということで伝説が生まれたのだとか。また、なぜか足腰の病にご利益があるらしいんですが、それも流罪になった時に、和気清麻呂が神様に祈ったら、足腰の痛みが消えたから、らしいです。和気清麻呂さんも色々と面白いエピソードを持った人だったんですね。
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学校で習った日本史の教科書に出てきた人物や事件にまつわる場所が普通に街中にある。さすがは京都。京都旅行にはガイドブックもさることながら、日本史の教科書を読み直しておくといいかも知れませんね。そんな時はやっぱり山川出版社か? 「山川 詳説日本史図録」なんてのもあるので、こっちの方がビジュアルでいいかも。

★ 日本聖公会 聖アグネス教会(京都教区主教座聖堂、平安女学院礼拝堂)

御所の南西にあるのが、英国国教会系の教会「日本聖公会 聖アグネス教会」です。平安女学院大学平安女学院中学校・高等学校の教職員・学生のために建てられた教会で、こじんまりしているが、立派な建物。歴史を感じさせます。大正時代の設立だそうです。
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赤レンガとステンドグラスの窓がいい雰囲気に古色を帯びていました。
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境界の西隣が中学校・高校。その先が大学なのかな。
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平安女学院というと、私が学生の頃から可愛らしい制服で有名でした。その歴史は古く、セーラー服を採用した、日本で最初の学校だったそうですよ。この日は日曜日だったので、残念ながら平安女学院の女学生たちの姿はありませんでした。もっとも、最近になってブレザースタイルの制服に替わったらしいので、見かけても分からなかっただけかも知れませんが。

★ ホテル 京都堀川イン

今回宿泊したのは京都堀川インicon。場所は二条城の南東、堀川通に面したところにあります。京都の住所表記だと“堀川通三条上る東側”です。南北の通りと、東西の通りの名前を列挙し、交差点を示します。そこから北に進むか南に進むかを示すのが「上る」「下る」。ちなみにこの“上る”は、通常のふりがなだと”のぼる”と読むところですが、京都だと“あがる”になります。同様に、“下る”は“くだる”ではなく、“さがる”です。東西に移動する場合は「東入る(ひがしいる)」「西入る(にしいる)」です。

格安のホテルということで、シングルルームだと、朝食が付いても一泊7,000円程度から。いわゆる“ビジネスホテル”ですかね。
私が泊まったのはシングルルームで一泊税込6,900円、朝食付。まあ、一人ならば充分なスペース。
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TVがちょっとちいさいですかね。でも、ほとんど観ないので邪魔にならないでよかったかも。
それよりも、コンセントの口が一杯あるのがグッドでした。写真の左、ポットの上に二カ所と、TVの裏にも一カ所ありました。スマートフォンにPC、そしてデジカメ(の電池)などなど、充電しなきゃ行けないものが最近は一杯ありますから、これはうれしい。
冷蔵庫は空です。自分でコンビニで買ってきて中身を補充しましょう。近所にはセブンイレブンとローソンがあります。
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コンパクトなベッドサイド。
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荷物置きの台が据えてあるのもグッド。床に置くと中身を取り出しにくいですが、この台があるお蔭で楽できました。
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ワードローブはこんな感じ。ブラシ、ヘアドライヤー、消臭剤スプレー、そして写ってはいないですが、使い捨てスリッパもありました。
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シャワー式トイレ。
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バスタブはかなり小さめ、浅め。一杯にしても肩まで浸かることはできません。まあ、私はシャワーで済ませても大丈夫なので、問題ではありませんが。
ロビーのエスカレーター前に説明書きがありましたが、近所の三条商店街の中に銭湯(トロン温泉稲荷(稲荷湯)@nifty温泉)があるそうです。
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朝食は一階のスペースでいただきます。この手のホテルに良くあるパターンのビュッフェスタイル。
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おかずは和食が中心。大根の煮物やひじき、ほうれん草のおひたしなど。卵料理は卵焼き。
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パンは、食パンとクロワッサン。トースターももちろんありました。マーガリン、ブルーベリージャム、ストロベリージャムが選べます。
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堀川通を渡った先にあるのが三条商店街。こちらも残念ながらシャッターを下ろした店が目立ちますが、行列のできているスィーツの店やら中華料理屋などもあり、全体としては賑やか。お洒落なカフェやバーもあったし、夕食やその後の一杯にも不自由はしないでしょう。
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2017秋 京都一人旅:神泉苑、二条城、晴明神社、堀川ブラブラ [旅行 :旅日記]

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秋休みを取って、ぶらりと京都を一人旅してきました。
まとめページはこちら : 2017秋 京都一人旅:まとめページ

★ ぶらりと京都へ

秋休みを取って、二泊三日で京都を一人でブラブラしてきました。
一番の目的は、KYOTO NIPPON FESTIVALでやっている「伊藤万理華の脳内博覧会」を観に行くこと。渋谷のGALLERY X BY PARCOでもやっていたんですが、事前抽選にも、当日の抽選にも外れてしまったので、これはもう京都に行くしかないと思ったのでありました。

ついでに、今まで余り行ったことのない場所にも行ってみようと、ブラブラしてきた次第。

★ 神泉苑

宿を二条城のそばに取ったので、まずは神泉苑へ。
ここ、名前は知っているものの、行ったことがありませんでした。平安京遷都当時の大内裏の南側に造られた庭園がその発祥だったそうです。その頃はもっと広大な庭園で、南端は現在の三条商店街辺り。今も商店街に残る八坂神社三条御供社も庭園内の施設だったそうで、この場所で祇園祭の原型となる祭が始まったのだそうです。
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池がメインの場所なので、こんな塚もありました。ペアで並んでいる「鯉塚」、「亀塚」がカワイイ。
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朱色の太鼓橋が池にかかる。もうちょっと水面が穏やかだと、橋がもっときれいに映っただろうに、ちと残念。
龍を模した遊覧船?が池に浮かんでいたが、営業はしていなかった様子。
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紅葉がもう少し進めばさらにきれいだったかも。でも、街中にこんな庭園があるなんて、さすがは京都。

神泉苑から2ブロック南にある三条商店街の中にあります、八坂神社御供社(又旅社)です。アーケード街の中にあってなかなかユニーク。
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★ 二条城

江戸時代になって、徳川家康が上洛時の居城として築城したのが今の二条城。大坂冬の陣・夏の陣ではここから出撃したそうなので、別荘というよりは、ちゃんとした戦争用の城だったのでしょう。その後は天皇の行幸などもあり、より豪華になっていったそうです。
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京都全体がそうなんですが、特に二条城は海外からのお客さんが多いところでした。ボランティアなんですかね、ガイドさん達も英語で解説している人が多かったな。
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残念ながら御殿の中は写真撮影禁止。
いやぁ、さすがに立派。広大なお屋敷です。各部屋には立派な襖絵が描かれています。残念ながら模写が置いてあって、本物は宝物殿の中で展示中とのこと。
今年は大政奉還150周年らしい。江戸時代終焉の時だったので、たしかにもっとクローズアップされてもいいかも知れないですが、言われて初めて気が付きました。なにせこの二条城はその舞台。ということで、御殿の大広間には、大政奉還の様子を描いた絵を元にして再現した人形が置かれていて、当時の様子をうかがい知ることができます。将軍に拝謁している家来たちと、やたらと距離がある。あれでは話も聞こえなかっただろうと心配になってしまいました。だから、間を取り持つお茶くみ坊主が這入るスキが生じたのでしょう。そんなことをツラツラ考えながら御殿の中を見学したのでありました。
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庭園も広大できれい。
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御殿の中、外の庭園と、かなり歩き回ります。覚悟して見学してください。あと、敷地内に入るのは有料です。堀川通沿いにチケット売り場があります。

★ 晴明神社

二条城前の堀川通を北に進むとあるのが晴明神社。言わずと知れた、陰陽師 安倍晴明を祀る神社です。ここは日本人の方が多かったかな。参拝客が行列を為していました。
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十世紀後半から十一世紀にかけて、歴代の天皇に仕えた安倍晴明。実在の人物ですが、死後に書かれた「大鏡」や「今昔物語集」、「宇治拾遺物語」などでは既に“伝説の人物”的に描かれ、不思議な力を持つ人として登場しているそうです。(この辺り、ちゃんと読んでいないので聞き書きですが。。。)

五芒星のマークは陰陽五行の象徴だそうで、家紋(神社の場合は神紋というそうですが)もこのマーク。
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この場所、豊臣秀吉の時代には千利休屋敷があった場所で、その井戸として伝わっているのがこれ。
恵方(縁起のいい方角)に星の向きを設定しているそうで、御利益があると言われてます。
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★ 一条戻橋・堀川周辺

なにせ千年の都である京都。そこら中が歴史的な意味有りの場所ばかり。堀川通沿いに流れる、というか、通りの名の由来でもある堀川は、実質的な都の境界線だったようです。ここから西(かつての右京)は湿地帯だったためか、居住に適さず、廃れた地域だったのです。なので、堀川に掛かる一条戻橋を渡ることは、都の外に出てしまうということになり、そこから諸々の伝説・逸話が生まれたようです。
上記の晴明神社、そしてかつての千利休屋敷は一条戻橋の西側にあった訳ですが、切腹して果てた千利休の首がこの橋のたもとに晒されたらしい。
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私が知っていた頃の堀川は、いわゆるドブ川。暗渠になっているエリアも多かったかな。最近になって再整備され、とてもきれいになっていました。初めてその姿を見たんですが、かつての様子との様変わりにビックリ。ちゃんと水が流れているし、川岸を降りたところに遊歩道まで造られていた。
これでは魑魅魍魎も居場所がなくなってしまったんじゃないでしょうか。まあ、一条戻橋より北側は整備がまだなのか、私の知っている姿を留めていましたが。
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一条戻橋のそばには白峯神宮がありました。
江戸時代最後の天皇である孝明天皇は、かの崇徳天皇を祀る社を建てようとしましたが、時代が時代だけに断念。その遺志を息子である明治天皇が継ぎ、建立させたのだそうです。なので、京都の中ではかなり新しい神社。
建立した場所が和歌・蹴鞠の公卿宗家「飛鳥井家」の邸宅跡だったので、この神社は蹴鞠で有名らしく、そのために球技、特にサッカー関係者からの信仰が厚い神社となったそうです。
スポーツ関係者からの奉納品が山のように積まれていましたよ。
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堀川通沿いには堀川商店街がアーケードを設けて並んでいました。古い民家が残っている地域のようで、商店街の店舗はアパートを兼ねているようです。なかなか渋い佇まい。
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ただ、商店街としては残念ながらシャッターを占めてしまっている店舗が多い。ここの商店街だけではなく、三条商店街も同じような感じ。京都といえども、観光の中心地を離れると“地方都市”の多くが抱える問題が同じようにあるんですね。
とは言え、おしゃれなチョコレートの店など、空き店舗だったところに入居したのだろう、今どきの店がチラホラあったので、“再生途上”なのかもしれません。そうであることを願うばかり。
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という感じで、一日目の観光が終了したのでありました。

京都市内はバスや地下鉄を利用してあっちこっちに移動可能なのですが、二条城しかり、歩き回ることも多く、この日は二万歩を越えてました。いや、実は三日間とも二万歩以上歩いたんですけど。
最近、運動不足だったし、まあそれもよかったでしょう。

旅日記、続きます。


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