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「Cannibalism A Perfectly Natural History」 自身の子供を食べちゃうのって普通のことだった。人間だって [読書 : 読んだ本の紹介]

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★あらすじ

カニバリズム(生物学では共食い、文化人類学では食人)は、自然界では普通にみられる現象である。そこにはいくつか特徴がみられる。
  1. 成熟していない個体(こども)は、成体(おとな)よりも食べられることが多い。
  2. 多くの動物、特に無脊椎動物は、自身の属する種、特に卵や成熟していない個体を、餌と見分けることができない。
  3. メスはオスよりも共食いをすることが多い。
  4. 共食いは空腹の度合いに応じて多くなる。
  5. 共食いは個体の過密度合いに応じて多くなる。

共食いは、魚類から哺乳類まで、全ての脊椎動物においても起きている。
ネズミでも兎(!)でも、母親が自分の子供を食べることがある。子どもたちの中で、身体が小さいものが食べられる傾向にある。特に、餌が少なくなったときに多く生じる。
口の中で稚魚を育てることで知られる種類の魚も、卵や稚魚の一部を飲み込んでいる、つまりは自分の子供を食べているのだ。
子供同士でも食べ合う。先に育ったもの、大きな身体のものが、小さな兄弟姉妹を食べる。あるサメの仲間は、母親のお腹の中で卵が孵化し、生まれてくるときはちゃんとサメの姿になっている種類がある。その母親のお腹の中では、先に孵化して大きく育った個体が、残りの兄弟や卵を食べてしまうのだ。
一部の個体(大きく育ったもの、強いもの)を生かすために、他の(弱い、小さい)個体は食料となる。それは普通に見られる性質なのだ。

人の場合はどうだろうか。
旧約聖書には、飢餓に陥ったエルサレムやサマリアで食人が行われたとある。また、象徴的な記述だが、新約聖書ではキリストの肉や血を食する話が出てくる。聖餐が象徴的な行為だが、キリストの身体を食べるというものだ。
このような象徴的な話でなくても、人は飢餓状態になれば人を食べる。西部開拓時代、シェラネバダ山脈を越してカリフォルニアに向かっていた幌馬車の一隊が雪に阻まれ、山中で冬ごもりせざるを得なくなった。雪解けまでの期間に食糧は底を尽き、一部のメンバーの肉を食べて生き延びたのだ。(アメリカでは有名な)Donner Partyの話だ。

飢餓とは関係なく、食材として人肉を食する文化が中国にはあった。十三・四世紀に書かれた書物では、「人肉料理の仕方」が載っていいるし、貴族や上流階級の人々の食事に饗されていた。元の時代に書かれた書物には「子供の肉はどんな料理と比べても一番美味しい」と記されている。
儒教の教えでは、子供は親に尽くすことが善とある。そのため、子どもたちは自分の身体の一部を切断し、スープにして親に供することもある。

現代人でも、色々な意味で共食いをしている。最近流行しているプラセンタ美容だが、これは名前の通り、胎盤(もしくは胎盤から作られたサプリメント)を食べるというもの。米国では自らの胎盤を調理して食べているグループもある。動物学者の観点(著者は動物学者)からすると、哺乳類の中には出産後に胎盤を母親が食べるという習性を持つものがあるが、どのようなメリットがあるか興味深い。

★基本データ&目次

作者Bill Schutt
発行元Algonquin Books; Reprint版
発行年2017

  • Prologue
  • 1: Animal the Cannibal
  • 2: Go on, Eat the Kids
  • 3: Sexual Cannibalism, or Size Matters
  • 4: Quit Crowding Me
  • 5: Bear Down
  • 6: Dinosaur Cannibals?
  • 7: File Under: Weird
  • 8: Neanderthals and The Guys in the Other Valley
  • 9: Columbus, Caribs, and Cannibalism
  • 10: Bones of Contention
  • 11: Cannibalism and the Bible
  • 12: The Worst Party Ever
  • 13: Eating People Is Bad
  • 14: Eating People Is Good
  • 15: Chia Skulls and Mummy Powder
  • 16: Placenta Helper
  • 17: Cannibalism in the Pacific Islands
  • 18: Mad Cows and Englishmen
  • 19: Acceptable Risk
  • Epilogue: One Step Beyond

★ 感想

あらすじで述べたように著者は動物学者だそうだ。実際、本書の前半は昆虫や動物たちのカニバリズムの話が主だ。
だが、ネアンデルタール人の食人の話辺りから文化人類学的な話に移っていく。大航海時代には“常識”となっていたラテンアメリカの人々の食人習慣は本当なのか、ドナーパーティーの真実はどうだったのか、パプアニューギニアで広まったクールー病(クロイツフェルト・ヤコブ病の一種。いわゆる“狂牛病”)は葬儀における人肉習慣が伝播ルートだったなどなど。
カニバリズムをこれだけ“横断的”に扱った作品はこれまで読んだことがなかった。生物学的な話か、文化人類学的な話、もしくはサイコパス的な話のどれかはよくあったのだが。それもあって、カニバリズムは“普通のこと”だというのも再認識させてくれた。人だけが“特殊”としか思えない。いや、人も飢餓状態になればカニバリズムを行う訳で、やはり動物の仲間なのだなとこれまた納得。

それにしても、母親の胎内で共食いをするサメの話はなかなか。母親の胎内と言えば、心安まる場所の代名詞。それなのに、そこではまさに産まれる前から生存競争が始まっていたとは。いやぁ、厳しい世界だ。
リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」を読めば、我々“個体”の生には大きな意味はなく、遺伝子配列が受け継がれるための手段に過ぎないと分かる。であれば、遺伝子を残すのに兄弟達が餌になるくらいはなんと言うことはないのだろう。

飢餓は人を“元通りの性質”に戻す。分かってはいるが、色々と例を出されて説明されると恐ろしいものだ。ミームに従うしかない私自身も、自我を持って自己を認識している。人を食べるのは、なぜだか分からないが躊躇いがある。でも、本書で著者は警告している。このまま地球温暖化が進めば、人口に対しての食料が減り、相対的に人口過多になる、と。つまりは最初に言われた「共食いは個体の過密度合いに応じて多くなる」という条件が発動してしまう。

イメージだけで語られることの多い「カニバリズム」だが、知らねばならないことは多い。読むべき一冊。


電子書籍版
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2018/1/30にペーパーバック版が出る予定です。




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