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「異端 カタリ派の歴史」 宗教戦争だけではない、複雑に絡んだ政治情勢。こんなことだとはは知らなかった [読書 : 読んだ本の紹介]

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★あらすじ

サブタイトルが「十一世紀から十四世紀にいたる信仰、十字軍、審問」となっている。
カタリ派とは、キリスト教の一派。カトリック教会から異端とされ、本書にあるように“十字軍”まで差し向けられ、さらには異端審問のメインターゲットとなって徹底的に弾圧された歴史を持つ。
カタリ派とは、「神的本質を有する魂が悪魔的本質を持つ肉体に閉じ込められている」という、いわゆる“二元論”的キリスト教思想のこと。この地上世界は悪が造り出したもので、人間も肉体という悪に閉じ込められている。神の世界は別にあり、そこは霊的存在(人間で言えば魂)だけが存在する世界。我々人間は、悪にまみれた肉体から死によって解放され、魂はその世界に帰っていく。
この思想は、神は唯一での存在で、善も悪も込みで全てを創造したとするカトリックの考えとは異なっている。そのため、異端思想と見做され、迫害されたのだ。

舞台は、現在で言う南仏。十一世紀から十四世紀にかけては、フランス・ドイツ・スペイン(いずれも、今の国名)の各国が勢力争いをしていて、それらの領土が複雑に絡んでいる、いや“重なっている”状態の地域だった。
当時、この辺りを治めていたのは“トゥールーズ伯”のレモン五世。彼が統治していたこの地域ではカタリ派を中心とする“異端”派が多数、存在し、貴族や聖職者、有力市民を含め、多くの信者がいた。
それに対し、カトリック教会は異端排斥のため、“十字軍”の派遣を検討する。十字軍は元々、イスラム勢力に占領された聖地エルサレムを奪還すべく組織された軍隊(軍事行為)であり、これに参加した者は信仰上の特典が与えられた。実際に軍事行為を行う(戦いに参加する)のは、各国の王、皇帝、貴族達だ。彼らには信仰上の特典もさることながら、侵攻・侵略した土地を自分のものに出来るという“世俗的”な見返りも期待できるものだった。

教皇イノケンティウス三世は、そんな十字軍を、イスラム勢力に対してではなく、キリスト教の異端派に対しても派兵することを決意した。後世、それは「アルビジョア十字軍」と呼ばれるようになる。
"侵略軍"を迎え撃つのはトゥールーズ伯レモンだが、宗教上は教皇のしもべでもあり、立場は非常に難しい。以降、レモン家は三代に渡って権謀術数の限りを尽くし、十字軍・異端審問の危機に当たっていくことになる。

★基本データ&目次

作者Michel Roqueberr
発行元講談社(講談社選書メチエ)
発行年2016
ISBN9784062585026
訳者武藤剛史

  • 序 カタリ派、十字軍、異端審問
  • 第一部 二元論的異端の勃興
    • 第一章 ボゴミル派からカタリ派へ
    • 第二章 カタリ派社会とその教会
    • 第三章 イノケンティウス三世――前代未聞の十字軍
  • 第二部 十字軍
    • 第四章 シモン・ド・モンフォールあるいは電撃戦争
    • 第五章 城争奪戦
    • 第六章 トゥールーズの孤立
    • 第七章 アラゴン王ペドロ二世――勇み足
    • 第八章 レモン六世の失脚
    • 第九章 オクシタン奪還
    • 第十章 王の十字軍
  • 第三部 異端審問
    • 第十一章 異端審問の誕生
    • 第十二章 迫害と抵抗
    • 第十三章 アヴィニョネの大虐殺
    • 第十四章 モンセギュールの最後
    • 第十五章 フェレールからベルナール・ド・コーへ
    • 第十六章 伯爵、異端審問局、そして司教たち
    • 第十七章 モンセギュール以後、各地の様子
    • 第十八章 亡命の時代
    • 第十九章 反乱と陰謀の時代
    • 第二十章 最後の「良き人」たち、最後の火刑
  • 原注
  • 索引

★ 感想

"敗者の歴史"は後世に残りにくい。結局、解体・殲滅させられてしまったカタリ派の人々は、自らを語った歴史資料を残すことはほとんどなかった。いや、できなかった。だが、本書の著者は、敵方(十字軍側)の資料や異端審問の"裁判"記録、その他山のような資料を精査し、彼らの姿を描き出している。しかも、単なる記録の羅列ではなく、"物語"とも言えるほどに活き活きと彼らの行動を、考えを描いているのだ。結果、本書(日本語訳)は700ページを超える大著となっている。

山川出版の世界史の教科書にも「アルビジョア十字軍」の話は載っていた気がする(遙か昔の記憶なので定かではないですが・・・)けど、載っていたとしても一行あるかないかだろう。私が初めてこの話を知ったときは、「同じキリスト教徒同士で殺戮の限りを尽くしたなんて、酷い話だ」程度の感想しか持たなかったと思う。
だが、歴史は、事実はそんなに簡単な話ではなかった。もちろん、宗教上の対立(一元論v.s.二元論、聖体に神は宿っているのか否か、などなど)がベースにあったけど、領土と領民の奪い合いという至極シンプルな要素も大きな比重を占めていたようだ。そこでは、二つの勢力争いの軸(宗教上の対立と、"国"同士の争い)が複雑に絡み合っている。トゥールーズ伯はこの難題に良くもこれだけ対応できたものだと感心してしまう。マキャベリも真っ青だろう。そんな点を中心に読んでいっても、知的好奇心を非常に刺激される作品になっている。

もちろん、楽しんでいるだけでは不謹慎だろう。なにせ、何千人、何万人の人々が虐殺され、拷問の末に火あぶりで処刑されたりしているのだから。
それにしても、自分の命を落とすことになっても信仰を捨てない、いや、考え方を変えないその意志とはどういうものなのだろうか。「沈黙」を読んだとき(「沈黙」 : 殉教者がもがき苦しんで死んでいっても沈黙を続ける神とは)にも思ったが、私には理解できない。「実は、その裏には領土拡大の意図があったのだ」というのなら納得できるのだが。
でも、それも為政者ならばそうだが、一般民衆はそんなことは関係ないはず。宗教とは恐ろしきものだ。

かなり読み応えがありますが、とても興味深い話でした。おすすめの一冊です。
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