So-net無料ブログ作成

「世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画」展 洋画でも日本画でもない、まさにオリジナル [美術 : 美術展、写真展紹介]

IMG_20161115_151237.jpg

トークイベントに参加し(「世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画」展トークイベントはアートと歴史ミステリーと江戸文化論と盛りだくさん)、事前告知もした(「世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画」展@サントリー美術館 は11/16から [広告])「小田野直武と秋田蘭画」展の内覧会に行ってきました。

★ 展示内容

江戸時代の中期(十八世紀後半)に、秋田藩の武士たちによって描かれた、東洋と西洋の技術と美とを融合させた絵画のウェーブが秋田蘭画。その中心となって活躍したのが小田野直武。彼が平賀源内に出会って江戸に上り、蘭学や南蘋派の絵画(中国由来の写実的絵画)を学び、それを秋田に持って帰ったところから広がっていく。
だが、小田野直武は三十歳を過ぎた若さでなくなってしまう。彼が活躍したのはたったの七年間だった。その後、秋田蘭画の勢いはなくなり、いつか忘れられていってしまった。

そんな秋田蘭画を、小田野直武を中心に企画・展示したのが本展。展示構成はほぼ年代順に、小田野直武の足跡を追う形で為されている。具体的には
  • 第1章 蘭画前夜
  • 第2章 「解体新書」の時代 ―未知との遭遇―
  • 第3章 大陸からのニューウェーブ ―江戸と秋田の南蘋派―
  • 第4章 秋田蘭画の軌跡
  • 第5章 秋田蘭画の行方
となっている。

「蘭画前夜」では、小田野直武が若かりし頃に描いた作品をチョイス。狩野派の絵画をまずは学んだようです、彼は。普通に上手い作品が並んでいます。若くして才能を開花させていたようです。

平賀源内にその才能を見いだされた小田野直武は「解体新書」の挿絵画家に抜擢されます。原本の「ターヘルアナトミア」と共に並んで展示されているので、その模写の正確さがよくわかりました。それに、ただ“デッドコピー”していたわけではないのも見て取れます。原本にある男女の裸像は性器も描かれているのですが、小田野直武の挿絵では、手の位置を変えたりして上手い具合に隠しているのです。
狩野派の描き方からかなりのギャップがあるのに、江戸に出てきてすぐにこの仕事をやってのけた小田野直武。眠れる才能が開花したと言うことでしょうか。

ところで、鎖国政策をとっていた江戸幕府ですが、オランダ(そして中国)を通して海外の情報はそれなりに取り込んでいたようです。「ヨンストン動物図譜」はなかでも当時の“ベストセラー”だったようで、特に獅子(ライオン)の絵はあちこちで使われています。こちらも原本と、それを採り入れた作品群が併せて展示されています。海外の知識・技術をどのように受容していったかの一端が見て取れるようになっています。

秋田蘭画のルーツはオランダ(ヨーロッパ)由来だけではなく、中国からの美術潮流も合わさって成り立ったものです。「大陸からのニューウェーブ ―江戸と秋田の南蘋派―」のコーナーでは、そんな南蘋派の作品が並んでいます。描かれているものは花鳥風月の、伝統的なものなのですが、写実的なのが他と違うところ。特にボタンを描いた作品が何点かあるのですが、油絵のような雰囲気を持ってます。なるほど、これがベースになって秋田蘭画になったんだなと言うのは納得。

「秋田蘭画の軌跡」では、小田野直武の作品を中心に、彼の“上司”でもある秋田藩藩主の佐竹曙山などの作品がずらっと並んでいます。
「児童愛犬図」は、中国風の子ども二人が犬を抱いている姿を描いているんですが、なんというかとても濃密な画風。南蘋派の絵画の写実性をさらに突き詰め、さらにはヨーロッパ絵画の油絵のような色合いが合わさり、両者ともまた異なった作風になっています。秋田蘭画というのが一つの絵画の流れとして独立しているというのがこの一枚だけでも分かる感じ。
また、ポスターにも使われている「不忍池図」は本当に不思議な世界観。トークショーで聞いてはいたものの、本物を見るとその不思議さを再確認。なぜ、池の端に植木鉢を置かねばならなかったのか。しかも、二つも。そして一つはほとんど隠れて見えないし。。。後の、平賀源内や小田野直武の(謎の?)死も相まって、ダ・ヴィンチ・コードばりの暗号が仕込まれているんじゃないの?と妄想を膨らませてしまうくらい不思議な作品です。あの、蟻が怪しいな!

「秋田蘭画の行方」では、小田野直武の死後、急速に勢いを失った秋田蘭画に替わって起こってきた、司馬江漢らの新たな絵画作品が展示されています。

★ 感想

トークショー以来、気になっていた秋田蘭画、じっくり観てきました。いやぁ、本当に不思議な感覚。写実的ではあるんだけど、あくまでも“的”のレベル。遠近法にきっちり則っているわけでもない。彩色されているんだけど、油絵ともまた違う色合い。秋田蘭画というオリジナリティが表れてました。と言いつつ、これが秋田蘭画の特徴だってのを言うのも難しいのですが。
小田野直武たちはどんな想いを持って作品を描いていたのだろうか。それまでと異なった視点から世界を観ていたような気がする。それまでは単に愛でるものという意味しかなかったろう花鳥風月も、解体新書を描いたあとでは、人と相対する自然の存在、客体としての自然・動植物として意識していたんじゃないだろうか。しっかりとその存在を見て、色や形を捉えている。その意味では、科学的態度とも呼べそう。平賀源内の本草学の知識や経験・態度が小田野直武らにも伝わり、秋田蘭画のもう一つのエッセンスになったのかも。


その昔、一度だけ東北地方を旅行して周り、角館にも行ったことがあるけど、確かに武家屋敷が建ち並ぶ一角は立派なものだった。その頃には秋田蘭画なんて全く知らなかったので、もしかしたら小田野直武の生家の前を通り過ぎていたかもしれない。
そんな秋田藩のお殿様たちが絵画に夢中になっていたというのも面白い話。江戸も中期になると武闘派の殿様ではウケが悪かったのでしょうかね。経営者として経済政策に長けているか、さもなくば文芸に秀でているか、そんなたしなみが必要だったのかも。
それとも、絵を描くことを理由に、領内視察をしたり、自然観察を通して鉱山開発などの可能性を探っていたのでしょうか。全てが“陰謀説”的発想になってしまう。。。。

絵画そのものも面白いし、その背景の“物語”も興味津々。観るべき企画展でしょう。強くおすすめします。


オープニングセレモニー終了後の一枚。
IMG_20161115_141847.jpg

★ 美術展情報

「世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画」展は下記の通り、開催中。




nice!(10)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート

nice! 10

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0